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だいたいこーしよーあーしよーという結論は固まってるのやが、
実行できず、アウトプットは一人ではなかなかになかなか。 インプットは一人でやるしかなないない。 いっつも同じとこぐらいまでやって、止まってまう。その先を!喝! 次はちと違う方向から攻めてみようと今、思ったっす。 ドリルやなドリドリルルルる 英語ドリル 続けられるドリルを
この文は個人的に、「Artな話し」にコメントをしてくれたmellowへの返信。
文字数が大幅にオーバーしてしまいコメントに書き切れなかった為。 >見られることを意識するのってアートが向かう方向と真逆なんよね これは、俺がそう思うという一個人の芸術に関しての価値観であり、 言い切ることはできないが、俺は言い切る。 なぜなら、それが俺のアートへの考えやから。芸術は全てにおいてfree。 観られることを意識して初めて表現できる芸術だってきっとあったりすると思う。 ただ俺が、観る側を意識した表現をアートとして考えにくいということ。 観る側だって俺らと同じ人間であり、思想を持ってる。 と、なると…作品を観てなにかを思ったり、考えたり、笑ったり、 泣いたり…それもまた芸術ならではの自由、観る側の自由、特権だと 俺は思ってる。つまりmellowの言う、 >既成概念を打ち壊すような問いかけみたいな作品は それこそ見る側に問題提議してるわけで この言葉は理解できない。*既成概念を打ち壊すような問いかけみたいな作品* *見る側に問題提議してる*それは誰が考え、思ったこと?観る側と創る側か? それはどこからそう思い、そう思わせるのか?色からか?形からか?題名からか? それでその2人の接点はどこに?例えば、ある芸術家がペニスの形を型取り、 尿道から女性が微笑んでる造形を作品として展示した。 題名が「desire」(欲求だとか願望という意味らしい) になっていると迷わず俺は「SEX」を想像する。しかし作者に言わせると 「出産」だと言う…それならまだ良い。 「別に意味は無い。その形がおもしろいと思ったからだ。」とか言われると 「・・・!?」ってなる。 そんなものなんだ、でもそれが全く違っていたっていい、それが 芸術を楽しむ要素になっていて、アートの持つ*自由*な部分で、魅力なんだと感じてる。 だから、俺は観る側を意識する必要性なんて全くないと思ってる。 そしてそれは難しいことではないと考える。 思い悩み苦しむとすればそれは自分自身が相手で、観る側ではない。 >作品なんてモノはウンコみたいなものや なかなかこれだけでは理解できないというかよくわからないけれど、 俺は「マスターベーション、自慰(行為)、オナニー」これは形こそ無いが、 これに類似するものがあるんじゃないかと思った。 まぁ俺は男なので男性的思考になってしまっているけど 自分のなかに溜まっていくモノを自身の快楽の為に放出する… 少し話がグロテスクになってしまったなぁ堪忍。ウンコもそんな感じなんか? でも、排便に快楽は無いなぁ生理的現象…。 *ウンコみたいなもの*かぁ…やっぱりよく解らない。 またいつかmellowの考えを教えてくれ。 (art:芸術) 特殊な素材・手段・形式により、 今日は、ちょっと「芸術」について僕自身の考えを… 「芸術」とは、とにかく*自由*だと考えてる。 上のどっかの辞書にもあるように、創造・表現しようと する人間活動。もうまさにこれに尽きると思ってる。 自分自身が、どれを、どのように、どうやって、 何を使って、どれだけの時間で、*それ*を表現するか。 ルールなんてない。 芸術のなかに入ってしまえば1+1=2だって通用しなくなる。 とにかく自由。 今、現在僕が生きて存在してることが芸術だと 言うことだって通用しちゃうよ〜な世界なんだ。 世界中に生きる人の数だけ*表現しようとする人間活動* が存在する。 考えだしたらキリがないよ… ただ、それをどのように表現するかだ。 極端に言えば、食事をすれば必ず動物は排便をする、 もちろん、その動物である僕もそう。 便の形は毎回違って、まったく同じ形にはならない。 そのいわゆる立体物を僕が創造する芸術だと言えば、それが はたして芸術になるかと言えばもちろんなると思っている。 しかし、ここからは人の価値観というものが発生する。 ただたんに排便をするだけなんて誰でもできるし、それを 芸術だと言うことだって簡単だから、僕はそれを芸術だとは 認めない。これが僕の価値観というものだ。 では、僕がこの排便を芸術として作品にするならまず、 どのように表現しようか考える。 1.写真に残すか、立体としてなんとか保存できる方法を研究する。 2.最低1週間分の排便を残す。 3.魅せる為の空間を考える。綺麗なガラスの上に飾るか、 そのとき使用した便器ごと保存するか。またはガラスの便器か… 4.いつ、どんな料理を食べた時の排便なのか できれば排便の成分 なんかも調べて1つ1つにその料理の写真を添える。 5.1週間分だから合計7つの便器が並ぶわけだが、その1つ1つに 題名を付けるか7つまとめて1つの題名にするかも悩みどころ。 このように表現する方法を考える部分も含めて初めて1つの 作品と言えると考える。これは僕の価値観。 しかし、こんな作品は誰も観たくありませんよね、僕も観たく ありません。が、「誰もが観たい物を…」という考えで創造する ことは、*芸術*の世界からは離れてしまうと僕は考える。それは、 デザインに寄ってしまうんじゃないかと。 なぜなら「誰もが観たい物を…」という規制があるだけで100% の自己表現が困難になると考えるから。 僕は常に技術を求める…そのことによって表現できる幅が確実に 広がり、自分自身に近付けると思うからだ。 っとまぁ、適当なことをアホみたいに書いたけど、 芸術(自己表現)なんてものは、なにせひたすらに自由で、 なんでもありの、すっとこどっこいや、答えなんてない。 これが正しいとか、間違いなんつぅ〜もんはあらへん。 と思う…全ては僕の価値観、僕の考えるartの話し。
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